

しんちゃんの教師物語(20)
今回は「昔」の話ではなくて、びよ〜んと今へ。
しんちゃんはこの2月にボリビアのオキナワと呼ばれている日系人の移住地に行ってきました。
そこでいろいろ考えさせられることがあったので、今回はそれについて書いちゃいます。
最寄りのサンタクルズ空港から街を通り抜けてのどかな田園風景の道を
2時間近くも車に乗って、オキナワに。
町の入り口にはこんなゲートも!

聞くところによるとボリビアだけでなく南米にはこんな移住地がいくつかあって、
現地に溶け込んでしまっているところもあれば、
オキナワ以上に日本が保存されているところもあると聞きました。
コミュニティ(あるいは各家族や個人)がどうなっていきたいか vs
自分たちの意思ではどうすることもできないさまざまな環境 の中で言語も
日本人、あるいは日系人という意識も保存されたりなくなっていったりするのでしょう。
しんちゃんはこれまでアメリカで30年仕事をする中で出会ってきた
いろんな日本人、日系人を思い出してあれやこれや考えていました。
ボリビアのオキナワは、沖縄県から先生が来ていたり、
オキナワの先生が研修で日本に行ったりと日本とも かなり交流があるようです。
そんな1世の方から3世、4世までの人たちとたくさんお話しする機会がありました。
しんちゃんはスペイン語ができないので、日本語を話せる人たちとだけでしたが、
きっと日本語を話せない、あるいは話さない日系人もたくさんいるんだろうなとも思いながら…
ボリビアのオキナワには2世や3世の人たちでも
日本語を流暢に話せる方がかなりいらっしゃいました。
でも、どんな思いで、どこのだれともわからない私と話してくださったのか、
それを考えるとかなり複雑な気持ちにもなりました。
でも、ゲストが来ることに慣れていらっしゃるのかもしれません。そんな印象も受けました。
最近、オキナワでは日系人と非日系のボリビア人の間 に生まれたお子さんも
かなりいるようです。
また、コミュニティの中の半分以上は日系の方ではないことなど色々お話しを伺いました。
街を歩いていても非日系の方が圧倒的に多かった印象です。
そんな状況の中、日系コミュニティとは何なのか、
コミュニティとしてこれからどういう方向をめざすのか、
コミュニティ内の学校は(公立、私立とそれぞれ)どう運営していくべきなのかなど、
これからのオキナワを色々模索されているようでした。
ボリビアにいる以上、非日系のボリビアの人たちとのともに生きていくことは不可欠ですし、
その際にスペイン語はもちろん欠かせません。
そのような中で、言語もコミュニティも生き物のように場所と時代に合わせて
変わっていっているんだなあということを肌で感じることができました。
そして、オキナワでしんちゃんは、自分は日系人なんだろうか
というようなことを考えていました。
というのもオキナワの日系の人たちだけでなく今回この集まりに参加していた人たち自体が、
日本にルーツを持つ、あるいは、日本に長く住み日本語を使う、
いわば、「移動する大人」たちが多かったからです。
いろんな人の移住・移動の理由や人生史を聞きながら、
どれもが本になりそうなぐらいのストーリーで、
ほんとにいろんな人生、生き方があるんだと思いました。
そして、研究の関心って結局は自分とは切り離せないところにあるんだな
ということも再確認できた気がします。
しんちゃんは、在米30年近くにもなるので、
自分が日本人なのか日系人なのか時々ふと考えることがあります。
オキナワでは何か感じたことを専門的な視点から話してほしいということだったんですが、
今回ほど最後の最後まで何を話そうかと考えたことはありませんでした。
そもそも2泊3日の滞在とごくわずかの資料で自分に何が言えるのか…
もちろん感じたことはたくさんありました。
でも、それをアメリカの大学で日本語プログラムディレクターをしていて、
日本語教育と教育人類学を専門とするこのしんちゃんが言うことで、
単なる感想では なく別の意味を持ってしまうのではないか、そんな思いもありました。
ボリビア出発前にそんなことを考えていた時に、
ちょうど『日系をめぐることばと文化』(松田・坂本・中井 2022)の
文化人類学者の岡田浩樹さんの章「彷徨える文化、言語、アイデンティティ」に出会いました
(おすすめですので、ぜひ読んでみてください)。
そして、今回のオキナワ訪問は、大学やホテルでする学会と違って、
人が生活しているコミュニティのいわば公民館のようなところで行われたので、
人類学のフィールドワークが思い起こされ、
フィールドワークの心得のようなことがしんちゃんの頭の中に突き刺さってきました。
結局しんちゃんは、オキナワの人たちに色々なことを話していただいたお礼?に
自分のことを話すことにしました。
オキナワの人たちはだれもそんなことを聞きたくなかったのかもしれません。
でも、自分にはそうすることしかできませんでした。
ですが、それでも煮えらない気持ちがあり、
最後に自分の中のもやもやをもやもやとしてお話ししました。
それもその後もなんだかもやもや…
ということでしんちゃんのボリビアのオキナワ訪問は
もやもやで始まりもやもやで終わるものとなったのです。
(編集後記)
1.
しんちゃんの居住する国、アメリカではトランプ政権になってさらにもやもやが…
2.
今回のオキナワの集まりでしんちゃんが会ったブラジル在住の先生のご実家が
なんとしんちゃんと同じ市であることを知ってびっくり!
もっとびっくりなのはサンパウロのご自宅がおばあさんから続いている和菓子屋さんだということ。
しんちゃんは帰りはサンパウロ経由でおまけにサンパウロ空港で8時間ぐらい乗り継ぎ時間があったので、
空港の近くに夕食に連れていってくださいました。
そして、なんと和菓子も持ってきてくださいました(本当にありがとうございます!)。
日本からブラジルに渡ったおばあさんが始められた和菓子屋さんがご自宅のM先生にボリビアのオキナワでお会いし、
同郷であることを知る、
そして、その後ご主人がサンパウロの空港にわざわざその和菓子を持ってきてくださり、
それをしんちゃんがアメリカに持って帰り、同僚といっしょに食べる、
人生って素晴らしいな!としんちゃんはつくづく思うのでした。